HOME > 日本酒の歴史
日本酒の醸造は、麹菌と呼ばれる「カビ」を生やした米を使うことが必要ですので、明らかに中国酒の流れを汲んでいます。
韓国の酒造りが、中国のそれと全く一致しているのに比べると、日本酒は麹菌の種類や酒造の主な工程でかなりの違いがあります。
なぜ違うのかは、主には地理的条件で、海によって大陸文化の直接の影響を受けなかったことや、麹菌が生えやすい気象条件であったためですが、さらに大陸の文化をそのまま鵜呑みにするのではなく、独創的な創意工夫をこらし、日本酒独特の醸造技術を生み出したことも違いの要因として挙げられます。
今回と次回の2回にわたり、日本の酒造りの歴史についてご紹介します。
まず前半に当たるこの巻では、古代縄文期から戦国期にかけての酒造りから振り返えることにしましょう。
前巻では縄文期の果実や雑穀を使った酒造りから、戦国期の「諸白酒」に至るまでを駆け足で振り返って来ました。
続く江戸時代は、経済の進展と共に小さな造り酒屋が大規模な酒屋へと急速に成長発展した時代であり、酒造りが季節労働者による工場制手工業方式となっていった時期でもあります。まさに今日の日本酒業界の原型ができ上がった時期であると言えるでしょう。
この「日本酒の歴史」の後半では、近世以降、即ち灘酒が勃興した江戸時代の酒造りから、平成の今日に至るまでのおよその流れを見ていきたいと思います。
酒は、神の醸される神聖なものでありました。
酒器も時代の食文化の担い手により変化したのです。 神様の酒であった古代、酒器は、発掘品に見られる縄文・弥生の土器のように祭祀に使われる祭器でありました。
そのため古い神社では今でも、古風にならった素焼きの「かわらけ」「ひらか」などが、神饌具(しんせんぐ)として使用されています。
日本の食文化は、律令による宮廷の食体制の規定時代は宮廷がその担い手であり、次いで公家が、さらに武家が食文化の担当者となり中世から近世に至りました。
都市の発達と共に、近世後期には町人文化が興り、庶民がその担当者となるにつれて、酒器もそれぞれに応じて変わってきました。
日本酒図書館の最終巻は、お酒の席に欠かすことの出来ない酒器についてご紹介して参ります。
ソウル市鐘路区恵化洞197-1号 2FTEL.02-744-9424 / FAX.02-742-6693
2006 @copyright NIHONSAKE.COM. all right reserved.